おしらせ

「PERMANENT MODERN 有田正博の眼」~キューレターも九学卒

[2026-01-21]

現在、宇城市の不知火美術館で「PERMANENT MODERN 有田正博の眼」が開催されています。実は展覧会を開いた有田正博氏とそれを企画した田中雅子氏は偶然にも共に九州学院の同窓生なのです。有田氏がS22回(1970年卒)、田中氏がS54回)です。実に誇らしいことです。来週、1月28日水曜日まで開催されていますので、是非ご覧ください。

 <熊本日日新聞 2026年1月20日 >                                      【寄稿】唯一無二のスタイルと生き方 「PERMANENT MODERN 有田正博の眼」に寄せて                                                          ~不知火美術館キュレーター・田中雅子

  宇城市の不知火美術館で開催中の「PERMANENT MODERN 有田正博の眼」。キュレーターの田中雅子さん(熊本市)に、展覧会を企画したきっかけや狙いについて寄稿してもらった。

 この企画の発端は、私が小学生の頃に遡[さかのぼ]る。母に連れられて時おり有田さんの店を訪れ、子どもながらに店の雰囲気や、そこに集う人々の着こなしに憧れていた。時を経て熊本を離れてからも、「パーマネントモダン」で友人が働いていたこともあり、帰省のたびに足を運んだ。地方都市・熊本の片隅に、世界でもここでしか出会えないようなものが満ちていた。仕事柄、国内外でさまざまな美しいもの、珍しいものを見る機会はあったが、ここで目にするものはいつも新鮮で、特別だった。数年前に帰郷してから、いつしか展覧会のアイデアが朧[おぼろ]げに浮かぶようになった。実際に相談し快諾を得たのは、偶然にも有田さんが正式に引退を決めた時期だった。それから約一年間、自宅に通い、聞き取りを重ね、多くの人々の協力を得て実現した。美術館で紹介するのは、たいてい作品を「つくる人」や「表現する人」。だが有田さんは、デザイナーではない。才能や価値を見いOIP.jpgだし、伝える人である。美術の世界で言えば、キュレーターやギャラリストが担ってきた立場に近い。この有田さんという存在を、美術館という場でキュレーションするのであれば、それもまた、誰も見たことのない展示でなければならない。有田さんの「眼」が見てきたものとは何か。その背景を知りたい。それが展覧会の出発点だった。しかし、追えば追うほど、有田さんは遠ざかっていく。なぜなら、その眼差[まなざ]しや思考は一つの場所に留[とど]まることなく、絶えず変化し続けているからだ。唯一確かなのは、幼少期から培われた観察眼と想像力を頼りに、「好きなものを選び、好きなことをやる」という態度を、清々[すがすが]しいまでに貫いてきたということだ。有田さんが出会った人々やもの、眼差しの先にある景色のダイナミズムをそのまま伝えたいと思った。開幕前日まで展示物が増え続け、構成が変化し続けたことも、結果的に有田さんらしい即興性と熱量を反映することになった。3部構成で辿[たど]る本展は、時代を読み取る眼、色とかたちの実験場、そして生活空間へと展開する。ファッションを超え、絵画や家具、工芸、さらには釣りやドラムセットにまで広がる世界観は、有田さんにとって「身につけること」と「暮らすこと」が同じ地平にあることを意味する。服や靴を選ぶことは、単なる消費ではない。何を身につけ、どのように暮らすかという選択の積み重ねは、その人が世界とどう向き合い、どのように生きてきたかを映し出す。英語の〝fashion〟の語源が本来「形づくる行為」を意味することを思えば、有田さんの生き方は、まさに「創造」そのものだと言える  社会や社会やファッションはめまぐるしく移り変わる。かつて私が憧れた華やかな「ファッションの街」も、いまや別の風景となった。かたちあるものは、いつか消えてゆく。だからこそ、熊本から生まれた唯一無二のスタイルと生き方が、美術館という記憶の器のなかで新たな意味を帯び、未来を生きる人々に届くことを願っている。

〇 有田正博(S22回・1970年卒) =  1952年、八代市生まれ。日本のファッションシーンにおいて「セレクトショップ」の原型を作った一人とされる。1970年代から、熊本から独自のファッション文化を発信し続けてきた。有田は、ポール・スミスやマーガレット・ハウエルなどの無名のデザイナーを見出し、常に「まだ誰も見たことのないもの」を選び抜いてきた。彼の営みは、見ること、選ぶこと、そして装うことを創造的な行為へと変えた。2024年の冬、有田は最後の店「パーマネントモダン」に幕を下ろした。

〇 田中雅子氏(S54回・2002年卒) =  1983年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、渡仏。Institut d'Etudes Supérieures des Arts (IESA) Marché del'art学科を修了。マリアン・グッドマンギャラリーや東京都現代美術館インターンなどを経て、2013年から2021年、東京都庭園美術館に学芸員として勤務。クリスチャ ン・ボルタンスキーの東京初個展「アニミタス-さざめく亡霊たち」(2016年)「装飾は流転す るー「今」と向きあう7つの方法」(2017年)「ルネ・ラリックリミックスー時代のインスピレー ションをもとめて」(2021年)を企画した。2021年より熊本に拠点を移し、キュレーターとして、川尻を拠点とするアートコレクティブKaafを主宰。また、2024年より、宇城市不知火美術館キュラトリアル・アドバイザーを務める。